+熱+












「―――気がついたか」



やや低音の声音が、耳朶を優しく打つ。



ぼんやりと瞼を押し開くと、
闇の中で蝋燭が小さく揺らめいているのが分かった。

そして、布団に横になっている俺のすぐ傍で、
俺の気配を窺っている存在に気づく。
枕元にきちんと足をそろえ丁寧に正座しているその人物は、
わずかに顔をめぐらせてこちらを覗き込む。

ひやり、と、額につめたい布が置かれた。


「…比奈伎?」
「あれから、三日も眠ったままだった」
「あれから…」


ああ、そうか。
俺、どじをして…戦で怪我を負ったんだ。
そうか。
あれから、もう三日もたってるのか。

感覚からして、怪我そのものは深くは無いはずだった。
ただ、止血に手間取り、血を流しすぎた事を覚えている。

そうだ、それから、しばらくして足元を失って―――


「はぁ…どじったよなあ…」


わずかに手足に力を入れてみると、鈍いながらも感覚が戻ってくる。
動けないという事はなさそうだ。
それにほっとして力を抜く。

ただ、まだ熱が高いのだろう、視界がぼやけて見えるのだけは否めない。


「全くだな」


見なくても、口元に微笑を浮かべているんだろうと分かる比奈伎が、
相槌を打つ。


その静かな声音の、柔らかな響きが耳に心地良い。


「みな、心配していた」


そう言って腰を浮かす比奈伎を、視線で押しとどめる。


「良い、みんな疲れてるだろうしな…もう寝てるんだろ。
 だから、そのままで」
「…そうか」


再び枕元に腰を落とし、きちんと正座する比奈伎の姿を
改めてちゃんと見て、なんだか安心した。


「何か飲むか?」
「酒が欲しいな」
「白湯がある、それにしておけ」


何か飲むか、と聞いておいて、コイツの事だ、予め用意してあったのだろう、
慣れた手つきで素早く湯飲みに透明な液体を注ぐ手つきを見守る。


手を借りて身体を起こすと、寝っぱなしだった身体のあちこちが
ぎしぎしと音を立てたような気がした。
もどかしいほどの時間をかけて半身を起こす。

一息ついて、長い指に包まれた湯飲みを受け取り、
ゆっくりと時間をかけてそれを喉の奥へと送り込むと、
熱くも無く温過ぎもしない、ちょうど良い温度の暖かさが
じんわりと内腑へ伝わっていくのが分かった。

何日も食事をまともにしていないせいで、胃の腑が縮小しているのだろう。
暖かい白湯が、それをゆっくりと解きほぐしていくような感覚だ。
手足の緊張も、解けていくのが分かった。


ふと、視線を上げると、目が合った。
その目尻が、赤い。


…ああ。


「比奈伎」
「何だ?」
「目が、赤いな」


ふい、と逸らされたその長い睫に、揺れる炎が影を落とした。
そうして伏せ目がちにすると、瞳の中の
強い光が隠れて、急に心細いような表情になる。


「蝋燭の灯りのせいでそう見えるだけだろう」


やや早口でそう呟くと、比奈伎は、
再び白湯を注ぐために半身をずらしてやや俯く。

わずかに見せる項が、見た目の印象以上に細く白い。
それが尚更、心細さを強調しているかのようで。


本人は、自覚などしてはいないだろうが―――。


「みんな、心配してたか」
「ああ」
「戦は?」
「問題は無い。千波流と亜夏刃が上手くその場を采配して保たせたからな」
「そーか。あとで、礼を言わなくちゃな」
「そうだな」


やはり視線を合わせないままの比奈伎の顔を、
少し覗き込むように窺ってみる。


「お前は?」
「…」


一瞬、ちらりと訝しげな眼差しでこちらを振り向くが、
それは案の定、眉間にしわを寄せた、いつもの顔だ。


「…心配、しなかったか?」


思わず聞くと、比奈伎の片眉が跳ね上がった。


「しない方が良かったのか?」
「そんなわけないだろ!」


途端に数を増した眉間のしわに、慌てて頭を下げる。


下げた頭の下で、本当は分かっていた。
俺が三日間眠りっぱなしだったという事は、きっとコイツは…


「比奈」
「何だ」
「心配かけちまって、ごめんな」
「…」


黙ってしまったその気配の中に、小さな安堵がある事も。


「看病、ありがとな」
「手の空いているものが看病するのは当然だろう」
「そうか」


あまりにも比奈伎らしいその言い草に、思わず噴出してしまう。
何がおかしい、と少しだけ身を乗り出した比奈伎の
腕を思い切り引き込むと、油断していたのか簡単に布団に倒れこむ。
仰向かせたまま、跨る格好で腕を押さえ込んだ。
そのまま両腕を押さえ込んで軽く口付けた。


「ちょ、寿々…ッ」
「うーん、やっぱいつもより力が出ないな」
「何を考えてるッ! 離れには…みなが寝てるんだぞ!?」
「お互い様か、お前も寝不足で本調子じゃないだろ?」
「寿々加!」
「だから、大声出すなって…」


額をあわせると、ひやりと心地良い冷たさが伝わってくる。


「お前、冷たいぞ」
「…お前が、熱があるからだろう」
「そうか?」


間近で見る朱に染まったその頬は、決して蝋燭の灯りのせいじゃない。


「比奈伎」


一度だけ低く名を呼んで、そのまま噛み付くように強く口付けた。
無理矢理舌で唇をこじ開けて歯列をなぞる。
ほんのわずか力が抜けた隙に歯列を割って、
逃げる比奈伎の舌を思い切り絡め取って吸い上げた。


「んんッ」


つられたように比奈伎が背を反らす。
閉ざされていた膝がわずかに開いた瞬間、間に肩膝を入れて足を割った。
途端に比奈伎の目が焦ったように見開かれた。


「いい加減にしろ!」
「三日も触れてないんだぞ? 大目に見てくれよ」
「自分のせいだろう!」
「そりゃそうだけどさ」


言いながら、するすると帯を解いていく。
ぼんやりとした闇の中で、露になったその肌は目に眩しいほど白い。
引き込まれるようにして何度もその肌に口付けを落としていく。

離れにいる面々を気にしているのだろう、決して声を出さないように
全身に力を入れている比奈伎を
わざと追い詰めたくて、弱い部分を狙い続ける。


堅く閉ざされた眦から、涙が一筋、零れ落ちた。






―――例えば。


ふと、考える。


コイツが女だったら、俺たちは所帯を持っただろうか。


…否、と頭の奥で声がする。
女だったら、これほどまでに惹かれたりしなかったかもしれない。
自分と同じ男だからこそ、ずっと傍にいる事が出来、
素のままのお前を知ることが出来た、そう思う。


例えば(例えたくも考えたくも無いが)俺が女であったとしても、だ。


女嫌い、というわけじゃないが、コイツの傍にいる事の出来る女は、
お頭である朱音と、各務くらいだ、と思い出す。
そもそも、あまり人を傍に寄せ付けないからな―――


「痛ッ!!」


考え込んだ所を、思い切りひっくり返された。
病み上がりのせいか上手く受身が取れず、しこたま腰を打ち付ける。
やれやれ、鈍ったもんだ。


「いてて…乱暴にするなよ、俺は病(怪我)人だぞ?」


わざとらしく腰をさすりながら訴えると、
比奈伎は素早く立ち上がり襟元を直した。


「病人なら病人らしく、大人しくする事だ」


冷たく言い放ちながらも真っ赤に染まったままの比奈伎の
項や耳元を覗き見て、思わず笑いが零れる。
声には出さなかったはずなのに、その気配に気づいたのだろう。
比奈伎が、じろりと視線を寄越した。


「どうやらタチの悪い熱に浮かされているようだな」


厭味を言ってくる比奈伎に、
そうかもな、ともう一度今度は声を出して笑ってやる。









そうだ。
俺は浮かされてる。



お前という熱に―――











…口に出して言ったら、また可愛い顔するんだろうなあ。




「何だッ」
「なんでもなーい!」








何で聞こえるんだよ!?













●【後日】●