+中秋+








だだだだっと勢い良く足音を立てて
(本来足音を立てずに走れるはずなのだが)
廊下の向こうからすっ飛んできて思い切りすぱん!と
ふすまを開けるとそこには。





無礼講、もとい目も当てられない状況が繰り広げられていた。



「よぉしのぉ〜、おまえもう伊織を口説いたのか?」

「絡み癖か…」

「あははははは! 朱音さまそれオヤジっぽい〜!
 あははっはははは!! あはっははっはあはっははうぐっげほげほっ」

「こっちは笑い上戸か…」


人が何かを言うたびに亜夏刃がぽつり。ぽつり。と解説を加えていく。


「ねぇ…良いだろう? 少しくらい…あぁん」

「ふ…駄目だぞ各務、こんなところで…皆が見てるだろう」

「嫌だ、もぅ…、お頭ったら…こんな時ばかり分別のあるようなことを」

「拗ねるな各務、私だって…」

「お頭…」

「各務…」

「ん〜…」

「んーっ」

「わーっお頭っ!!」

「良いぞ良いぞ!」

「こちらは接吻魔か…」


いつもの穏やかな里の空気は何処へやら、
下手をしたら館を下った位置にあるいつもの小屋で眠っている睦月以下略にも
声が届いてしまうのではないかと思うほどの、やんややんやの大騒ぎである。


「だ…」
「だ?」
「誰だ!! こんなに飲ませたのはッ!!」


さーっと音がするほど顔色を変えて叫んだのは。


「比奈伎、せっかくみんな楽しんでるんだからよ」

どすっ

「野暮な事はお言いになりませんように」

ごすっ

「おつまみ登場〜♪ですわ」

「………」


まだ何も言ってない、という呟きは呻きの中に沈んだ。

……これで立っていられたのは、さすが腐っても副頭領というところか。




ごほっ…と咳き込みつつよろりと柱にすがるさまは
物悲しさすら漂っていたような気もするが、
比奈伎は何とか気力を振り絞って部屋の中の誰でも良いから
まともに返事を返してくれ、と言う願いを込めて声を投げかける。


「だいたい、こんなに酒の貯蔵があったか!?」

「斉彬さまからの差し入れなんだって」


一見、平素と変わらない様子で質問に答えたのは伊織だった。

だが鬼火一族の女連中を外見で判断すると大変な事になるのはご承知の通り。
男の自分に比べて華奢な印象を持つ伊織のその身体の後ろに、
やけに大きな樽が転がっているのを薄ら寒い気持ちで見やる。
樽は当然のように、すっかり空になっていた。


「…主の?」


いつもは、南蛮渡来の櫛だとか、硝子だとか、青磁の器だとか、
洒落た物や気取った物を褒美に与えたがる事が多い主にしては、
なんとなく珍しい事だとふと思った。

一瞬黙り込んだ比奈伎の様子に気付いたのだろう、
部屋の奥から年長組の男二人が熱弁をふるう。
この二人は、余程この褒美が気に入ったらしかった。


「今回は敵が粘ったから、思ったよりも制圧に時間がかかっただろ」

「だが俺たちのおかげで勝利を得られた、と、ご満悦の様子だったらしいぞ」


生憎こんな褒美ではちっとも気に入らない比奈伎は、なおも憮然と呟いている。


「もっと役に立つものを寄越せば良いのに…」

「そうは言うがなあ、酒樽を抱えてここまで運ぶのだって、苦労したんだぜ?」

「苦労した分くらいは、報われらって罰は当たらないらろ〜」


…もはや口調も危うい。


「誰もここまで運んでくれと頼んだ覚えは無…」

「かぁーっ!!」

「固い! 固いぜぇ比奈伎!」

「そもそも男と言うものはそれくらいの小さい事でいちいち目くじらを
 立てたりしないものだと自分は常々思っている事であるからして
 酒と言うのは全く役に立たないという事も無く例えば
 いつも出てくる食事の味付けに使ったり傷の消毒にも使えるということから
 酒は万病の薬にもなると言わ」

「や、分かったからちょっと放せって、…亜夏刃!」

「凄いよねーどこで息継ぎしてんのかな!」

他人事のように(他人事であるから仕方ないのだが)
けらけら笑いながら、伊織は尚も枡で酒をおおっている。





…みな、完全に出来上がっている。





「だから―――!!」
「良いからお前も飲め!!」
「うわ! …ッごほ…っ」


ちょうど怒鳴り返そうとして息を吸い込んだ瞬間、
無理矢理口元にあてがわれた杯から思わず酒を飲んでしまい、
しかも変な場所に入ってしまったらしくごほごほとむせ返っている。


音を立てずに近寄ると、佐久弥がその背中をさすりつつ囁いた。


「大丈夫?」
「大丈夫じゃない…」


ごほごほ、と咳をしながら涙目で呟いたのは
なんとも頼りない言葉ではあるが、この際は仕方がないと言えるだろう。


「何で褒美が酒なんだ…」


恨めしげに呟く姿に、思わず噴出しそうになりながら
佐久弥は努めて平静を装って返事を返す。


「まあ、喜んでいる人もいるし」
「俺には少しも嬉しくない」
「それは仕方ないよね」


むぅ、と一瞬口をへの字にゆがめて、こちらを見ないまま不機嫌に呟く。


「お前は嬉しいのか? 佐久弥」
「私は、だって、みんなが飲んでいるのを見るのが楽しいから」


思ったままの事を答えたのに溜息をつかれてしまった佐久弥は、
それでも既に予想済みの反応だったのだろう、楽しそうに肩を揺らす。

そんな様子を見て、目の前の青年はますます不機嫌そうに
眉間にしわを増やしてぶつぶつと文句を続けた。


「あんな、水を飲むみたいに大量に飲むくらいなら
 最初から大人しく水を飲んでいれば良いんだ。
 その方が酔っ払わない分、ずっと良い」

「ふふ、そんな事を言ってもね…」

「酒なんて、あんな風にバカ騒ぎをして飲むものじゃない」




それじゃあ…、と、佐久弥は一つの提案をした。















「…落ち着くな」
「ふふ、良かったね」

喧騒を離れ、二人は静かな闇の中に腰を下ろしていた。

心からほっとした様子で、比奈伎は息をつくとその場に腰を下ろす。
手には、小さな小さな徳利を抱えていた。


「肴はどうする?」
「空にあるよ」
「?」


柔らかく指を指され、つられて空を見上げる。
見事な、眩しすぎるほどの満月が辺りを照らしていた。


「…なるほど、月見酒も良いものだな」


互いに小さな杯に酒を注ぎ、それを互いの目の高さに掲げた。


「今日の勝利に」
「この、静かな夜に」


佐久弥の意外な言葉に、思わず比奈伎は肩を揺らす。

二人の掲げた杯の中で、小さな月が二つ、ゆらりと笑った。
















おわり。


●戻●