+掌+











夢を見た。
それはとても痛くて辛くて、…悲しい夢。



『待って!!』



声をかけても。
その手を伸ばしても。
走って追いかけて追いかけても、届かない。



風の様に、仲間がすり抜けていく。
全てが我を置いて消えていく。
霧の向こうに。



最後に見えたのは比奈伎だった。
差し伸べられた掌に我は伸ばそうとして…



『!』



ブン、とそれは宙を切った。
そして比奈伎は我に気づかずに背を向けて歩いていってしまう。
そこで、目が覚めた。



ズキリと痛んだ胸の痛さに思わず泣きたくなって両手で顔を覆う。
…苦しい。
……なんて嫌な夢だろう。
皆に置いて行かれる。
そんなもの、我は望んではいないのに。
怖い夢だ。早く忘れよう、と緩く頭を振ってふと…顔を上げる。
外はまだ夜も明けておらず、暗かった。






いつもと同じ朝。
けれど我からしたらいつもとは少し、違う朝。
……夢を見なければこんな風に思うことも無かったのかもしれない。



そんな状態だった所為だろうか?
耳に聞こえてくる仲間の声も何処か朧気で。
風の様に我の耳を素通りしていくだけ。
けれど見た目にはそれが出る事があまりないものだから
誰も我のそれに気づかない。
誰もが我の前で楽しそうに微笑む。
その日は、そんな彼らを見ているだけで心が和んだ。




気持ちの安定しないいつもとは違う、夜。
我は切り株に腰掛けて真っ暗な空を見上げていた。
今夜はとても……星が綺麗。
思わずじっと見ていたそれに目を奪われて吸い込まれそうになる。
そんな空に、すっと手を向けようとしたその時。



「各務」



聞き覚えのある声で名を、呼ばれた。
手を降ろし、ゆっくりと振り返れば、
そこには先程佐久弥と話をしていた比奈伎の姿。
どうやら…我が話しの邪魔をしては悪いと席を外したのを
心配になって追いかけて来た様だ。
そんな比奈伎に、我は少しだけ微笑んで相手を出迎える。



「どうした?」



囁く様に優しく尋ねれば、相手は少し間を置いた後。
ぼそぼそと呟く様に答える。



「こんな所に居たら風邪を引くぞ」



夏場とはいえ、夜は冷える。
小さな声で言った後、戻るぞといわんばかりの勢いで、
すっと手を差し伸べられる。
いつもならそれに笑って「はいはい」と答えた後。
手を重ねるのに。
我はそんな比奈伎の掌を見て、それに手を重ねてふと……
今朝見た「置いて行かれる夢」の事を思い出した。





「……」



思い出して、苦しくなって目を伏せる。
相手は我が黙っているのに気づいてこちらに視線を向ける。




「各務?」
「……比奈の手は大きいね」



幼い頃は自分の方がずっと大きかった。
なのに、今ではこんなにも違う。
我の手の大きさを遥かに超えた、大きな…手。




「昔はもっと小さかったのにね、ふふっ」
「…なんだよ、突然」
「いや、ちょっとね?……この手をじっと、見てみたくなった」



顔を上げて微笑んで言った言葉に比奈伎の眉が少しだけ動く。
一瞬の沈黙の後、何か言い掛けた口を遮って言う。



「…照れてる?」
「ッ!!…て、照れてない!!」



一瞬にして顔を赤くして必死に否定するそれに我はくすくすと笑う。
でも相手はいつもの様に騙されてくれない。
憮然とした顔で黙って我を見るのがいつもの比奈伎。
でも今は…



真っ直ぐな瞳で、我の方をじっと見てくる。
それを見て、我の口元から笑みが消える。



「各務」



強い口調で言われたそれに、思わず目を伏せた。



「……」



……いやだね。
これだから似た者同士は困る。
比奈伎…?そんな真っ直ぐな瞳で我を見つめないでおくれ。
あの人と同じ風に見られたら、少しだけ痛いよ。
…零したくないモノまで、お前の前でぽろりと零してしまう。



「……温かいね」
「…?」
「お前の掌は、あの人と同じ様にいつも温かい、……心が安らぐよ」



ぎゅっと握り締めたそれに目の前の相手は少し戸惑いの表情を見せる。
そう返してくるのを分かってたのに我は言葉を止めなかった。




「ねぇ、比奈。……お前は此処にいるよね?」
「え…?」
「此処に。……我を置いていかず、此処に」



意地の悪い女だと思いつつ見上げれば、
相手はやはり少し俯いて黙ってしまった。
難しい顔をして考え込むその姿に、
我は言わない方が良かったかと心の中で苦笑する。
こんな事、言った所で答えなど既に分かりきっているというのに。
何を弱気になっているのか。



でも、それでも、尋ねてみたくなった。
他でもない目の前の……
あの人と同じ色を持った彼がどんな答えをくれるのか。
この耳で聞いてみたくなったのだ。




「……っ」



ぐっと、我の手を握り締める手が強くなる。
それでも静かに、我は答えを待った。
いつもと同じ様に一言、相手が言ってくれるのを…待った。



僅かな沈黙の後。
相手は囁くようなか細い声を振り絞るようにして口を開いた。



「…たり……ろ…」
「…?」
「あ、当たり前だろ!!…何言ってるんだよ。
……れは………俺はッ、突然居なくなったりなんかしない!」



零れた言葉と、怒鳴る声に我は少しだけ微笑む。
…うん。
比奈伎ならそう言ってくれると思ってた、と。
小さな声で呟く。



「…?何か言ったか?」
「何でもないよ。…やっぱり比奈はいい子だね」



微笑んで返せば少し顔を赤くして比奈伎は俯いた。
……やっぱりお前は、あの人と同じだ。
我の望む、我の欲しい言葉をお前は不器用ながらに必死に考えて、
…我にくれる。
気持ちが不安定な時には、お前達の言葉がいつも我を助けてくれるね。



「ありがとう、比奈」
「………から」
「?」
「………傍に、居るから」
「え…?」
「…っ……だから!……ど、どうせ今日またおかしな夢でも見たんだろ?
……そ、そういう時は…」



傍にいるから、…言えよ。
投げかけられた言葉に我は一瞬目を見開く。
でもそれは直ぐに、微笑へと変わり。
我は握り締めた比奈の手をもう片方の手で握り返した。



「うん、ありがとう…」



やっぱりお前はあの人の……お頭の弟だよ。
相手に伝える言葉は不器用でも、…あの人と同じ。
優しくて、温かい。



「…何も言わないよりはずっと…いいから」



呟いた言葉とあの人が笑って言った言葉が重なる。



『各務、何も言わないで黙ってるのはナシだぞ?』



いつも救われてるよ。
その言葉と、その笑顔…我の拠り所となってくれる、貴方に。




「分かってるよ…お頭」
「え?」
「あぁ、いや、こっちの話」




微笑んで返せば、相手は心配そうな顔でこちらを見る。
もう、大丈夫か?
そんな声が聞こえてきそうなそれに我は笑って言った。



「大丈夫だよ。…さぁ、そろそろ戻らないと本当に風邪を引いてしまう」



立ち上がり、手を引く。
心にあったつかえはもうすっかり取れたようだ。



「さぁ佐久弥のいる所に戻ろうか」



そうして星空の下。
二人揃って歩く中、手の温もりだけがとても…温かかった。











終。



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