+願い+












静かに丘の上に佇んで、色鮮やかな髪が風に揺れて。
遥か遠くの方を真っ直ぐな瞳で見つめる後ろ姿を見つけた時。
何度、それに声をかけようかと思っただろう。




それはまるで、少し風が吹いたら儚く散ってしまいそうな花びらの様だった。









足音を立てて近づけば、ゆっくりと彼女が振り返る。
視線が絡むと、いつもと同じ穏やかな…綺麗な笑顔を向けてくる。
そうすると一瞬にして消えるのだ。
静かに、…少し悲しげな顔をしていたそれが。
まるで風の様に。




「…どうした?寿々加?」




仮面で全てを覆い隠して言うのだ。
内に秘めたそれは、決して誰にも告げないまま。
……お前は何を隠してる?
今、そう尋ねたら、目の前の相手は何と答えるのだろう?




『何を?』




そう穏やかに微笑んだまま首を傾げるのだろうか。
それとも…
先ほど丘の上から下を見下ろしていた時の様なあの顔を、
俺に向けるのだろうか?
……いや。
各務ならきっと、隠すな。
それを表に出してはくれないだろう。




「いや、何でもない」




だから笑って答えた。
それに目の前の相手はやんわりと微笑んで返した。
そうか、と。
袖で口元を抑えて笑って。
そして、ふと…
綺麗に笑っていた笑顔が、皆の姿が見えなくなった瞬間、俺の横で消える。




「…寿々加」
「な、なんだよ…?」




ちら、と鋭い視線でこちらを見る瞳には先ほどとは
打って変わって背筋を凍らせるほどの怖さがあった。
思わず、それに対して一歩じり…と後退する。




「…先ほど見たことは忘れろ。……アレは……幻だ」



幻。
言われた言葉にごくり、と唾を飲み込む。
鋭い瞳と冷たい顔。
恐らく目の前にいる敵にしか見せないであろうそれに俺は少しの沈黙の後。
小さく、僅かに頷いた。




…瞬間、こちらに放たれていた気配がふっと消える。




風が吹いて、そこにあったはずのそれが…柔らかなモノに変わる。
彼女は、目の前の人は穏やかに微笑んで言った。
戻ろうか?と




そうしてゆっくりと歩き出すと彼女の髪が、俺の目の前でふわりと揺れる。
鮮やかな髪が流れていく中、ふと見えた横顔に
俺は思わず、腕を強く掴んでいた。



「…?」



何?と言いたげな瞳がこっちを見る。
でも俺もその時何でその腕を掴んだのかは分からなくて直ぐ、手を離した。




「寿々加、お前……何がしたいのだえ?」
「いや…うーん、わからねぇ」




ただ、何ていうんだろうな。
あの横顔を見たら何か最初に見た顔と重なったっていうか…
……なんか、ほっとけなかった。




「おかしな寿々加」




今は笑っているのに。
内に秘めた何かをひたすら隠し続ける各務。





『……我等の目指すものは……なんであろうな』




呟かれた言葉はきっと誰も知らない。
俺だけが聞いた小さな言葉。
それが何を意味するのかも俺には分からない。
けど……




『当たり前の事と思うのに』




その時呟いたその言葉は




『……それを願うことは』




とても寂しそうで。
とても…辛そうで。




だから、だろうか?
……さっき俺が手を掴んだのは。




『罪と呼ばれるものか?』




空に向かってそう呟く言葉は、何処か切なくて。
見ていて胸に痛くて。
何を隠しているのか、何を一人考えているのか。
分からなくて。
でもその姿はいつも以上に綺麗で、……儚い。




「どうした寿々加?もうそろそろ行かないと、皆が見えなくなるぞえ?」




首を傾げてこちらを見る目に、俺は静かに頷いて後を追って歩き出す。
前を歩く各務の鮮やかな髪と着物の裾が風に揺れる。
…多分、腕を掴んだのは





いつも目の前にあるその『色』がなかったからかもしれない。
静かに後を追いながらそんな事を心の中で思った。












終。



●戻●