+雪桜+
思うだけでは、願うだけでは…
この手にする事は叶わないのだと分かっていても…
動くことの出来ない身体。
それに気付く度に思い知らされる。
……多分こういう時に、自分は誰よりも臆病になるのであろうな、と。
しとしとと、降る雨を見つめながら縁側に一人。
我は腰掛けて空を見上げていた。
こういう時。
他がそれを綺麗だと感じる中。
我だけが一人、時々それを見る度にひどく……胸が痛む。
静かに降る雨はまるで…
我が殺めた者の零した血の音のように聞こえる。
だから…
それが聞こえる度に、それが見える度に…気分が、滅入る。
けれど、それでも…我は見つめるのだ。
まるでそれを悔いるがごとく。
じっと降り続ける雨を見て一人………
誰も居ない静かなこの場所で許されることのない懺悔の言葉を呟くのだ。
呟いた言葉は、雨と共に静かに地面に落ちて、流れて消える。
皆(みな)には一度も伝えたことの無い其の言葉。
きっと誰もが一度は思った事のある其の言葉。
けれど…誰もが隠し続けている言葉。
我は其れを……此処でいつも呟いている。
誰にも気づかれることのない、小さな…懺悔の言葉を。
今日もきっと、いつもと同じ様にそうして雨が止むまで空を見上げて…
一人涙で顔を濡らして、それで終るはずだった。
小さく呟いたそれに、一つの影が気付かなければ……
「各務?」
名前を呼ばれるまでその存在に気づけなかった。
だから、油断した。
懺悔の言葉と共にズキリと痛む胸。
そして振り返った瞬間…頬から涙が落ちてしまった事に我は、気づけなかった。
だから、目の前の相手はひどく…驚いた顔をして我を見た。
「…どうしたの?」
優しい声にハッとして、慌てて袖で零れた涙を拭う。
弱さなど、見せてはいけないと。
皆の、特にあの人……お頭のいる前では常に強い人であろうとしていた自分が…
振り続ける雨と呟かれた懺悔の言葉と…意外な来訪者に、油断してしまった。
気付かれてしまえばアレは心配する。
分かっていたからこそ、気をつけていたというのに…。
「……何でもないよ」
今更言った所で効かない台詞。
それを我は微笑んで見せて囁く様に言う。
おかしいね。
いつもはこの時間は誰も……居ないはずだと思ったのに。
どうしてお前はいるのだろうね?
こんな……いつもは誰一人として来ない我のたった一つの懺悔の場へ。
囁く様に言った言葉に、相手も微笑みを返す。
けれど、それはいつもとは違う少し苦笑の混じった笑顔だった。
彼は側まで歩いてきて我の前に立つ。
そして膝を付いて腕を伸ばし、我の頬に触れて言うのだ。
「そうは見えないよ」
隠そうとした思いを打ち消すように。
触れた白い手がまるで、隠した何かを溶かすように温かい。
真っ直ぐに見つめる瞳が…痛い。
我はそれから逃げるようにして目を伏せる。
「本当に……何でもないよ」
…………お前が懺悔の最中に我を見つけたりするからだ
思った小さな言葉は胸の奥にしまいこんだ。
だってそれを口に出してしまえば、抑えたモノが外に溢れてしまう。
零れそうになったそれを止める術がなくなってしまう。
弱い……とても弱い自分を見せてしまう。
だから、震える拳を握り締めるようにして顔を上げた。
「…………もう、用事は済んだのかえ?」
真っ直ぐに相手を見つめれば、真っ白な…雪の様な存在が目に映った。
瞬間、懺悔の言葉と共に雨を見た時の様にチクリ、と胸が痛んだ。
それでもそれを表には出すまいと微笑んで口にした言葉に
相手は少し寂しそうに微笑んだ。
「もう終ったよ」
いつもの様に優しい声で、そう言って…そこで………
いつもならそれで終るはずだった。
でも、ふと気付けば目の前の相手が先に動いていた。
ふわりと白い髪をなびかせて、細く、
けれど我よりもずっと力強い腕で体を包み込む。
それだけで、抑えていたモノがまた…溢れそうになる。
「だから……私には隠さないで?」
耳元で聞こえたそれに、小さく体が震えた。
いつもと違う。
いつもと違うそれは…………辛そうな声だった
耳に、…胸にひどく、痛い声。
「………だ」
「…え?」
「………ずっと知っていたんだ。
いつも雨が降る日には此処で………
各務が悲しそうな顔で、空を…見上げているのを」
言われた言葉に思わず息を呑んだ。
隠し続けた弱さと懺悔の言葉。
それは……一番気付かれたくなかった相手に気づかれていた。
気付かれていないと。
誰にもそれを見られる事のないように細心の注意を払っていたのに。
「……」
「…ごめん」
顔の見えない相手。
けれどそれが見えなくても今どんな顔をしているのか我には分かる。
今彼は、とても申し訳ない顔で
我に懺悔の言葉を述べているのだと容易に想像がつく。
でも……それに「いいよ」と笑顔を向けて言える程、
今の我には余裕が無かった。
「……何故、見つけたりするのだ」
「…」
「……ッ……何故…ッ!
……皆に隠し続けたモノを見つけたりするのだ、お前はッ!!」
どん、と強く片方の手で相手の胸を叩いて、
もう片方で服を握り締める手が強くなる。
弱さなど……人前で見せるものではないと思っていたから隠し続けたのに。
見つかってしまった。
一番見つかりたくなかった人に。
隠さないで、と面と向かって言われてしまった。
だからしまい込んだモノの全てが、外へとボロボロと溢れ出した。
「ごめん」
「謝るな!!この…ッ」
愚か者、と。
紡ごうとした次の言葉は言えなかった。
……愚かなのは我だ。
こんなにあっさりと…気付かれてしまうなんて。
しかもそれを見破った相手を怒鳴って、罵る権利など…
「…ッ」
………我には、ない。
唇を噛み締め、悔しさを隠す様にしてその肩に顔を埋める。
零れた雫が相手の服を濡らした。
どうして、こんな不安定な時に…いつもお前は我を見つけるのだろう?
どうして、伸ばした震える手の届くところに…いつもお前は側にいるのだろう?
その答えは何度考えを巡らせても、出ては来なかった。
けれど…
抱きしめてくれる腕は、頭を撫でてくれる手は……
とても、…とても温かかくて。
涙が止まらなかった。
たったそれだけのことなのに……
不安定だったモノは、まるで白い雪に吸い込まれる様にして消えていった。
それから暫くの時が流れて、少し腫らした瞳を隠す様にしてふと顔を上げれば
いつもと同じ、優しく微笑む綺麗な笑顔があった。
けれど、いつもなら微笑み返すであろうそれに、我は少し視線を背ける。
…………あぁ、何てことだ。
今になって涙を見せた恥ずかしさがこみ上げてくる。
「…………すまない」
ほんの少し間を置いた後、呟いた小さな言葉に相手が小さく笑う。
とんだ失態をしたと思った。
俯いた我に目の前の相手−佐久弥−は楽しそうにクスクスと笑った。
それが悔しくて顔を上げて怒鳴る。
「…ッ笑うでないよっ!」
「あっはは、ごめんごめん…つい、ね?」
いつもは見ない顔だからおかしくてね、と小さな声で呟いて。
そう言うお前だっていつもはしない顔をした癖に。
……卑怯だ、と思う。
こういう時に我が何も言えないのを佐久弥はきっと知っている。
だから言うのだ。
いつもと同じ笑顔で、いつもの優しい声で。
我を………
そうして悔しさを隠す我の傍で、佐久弥が笑う。
「雨、上がったみたいだね」
そう言って空を見上げる。
我も同じ様に開けた視界の先に居た鳥の囀る声に導かれて同じ様に空を見る。
そこには青い、とても青い空が広がっていた。
ふと景色に目を落とせば、大きな緑の葉からゆっくりと零れ落ちる雫が目に入る。
それを見て我は小さくホッと安堵する。
あぁ、今日も我が犯した罪は………雨によってすっかり洗い流されたのだ、と
そうしてふと、佐久弥がいつも以上に優しい笑顔を浮かべて
こちらを見ているのに気付く。
そこにはいつもと変わらない…
同じ様にあの人を見守る、我の好きなあの綺麗な笑顔があった。
「佐久弥」
「うん?」
「……ありがとう」
微笑みを返してそうお礼を言えば、
佐久弥はとても嬉しそうな表情を見せて言った。
どういたしまして?…と。
終。
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