+そらいろ+










小さくすすり泣く声が聞こえる。
見覚えのある小さな小さな姿を見つけて我は小さく笑った。

あんな所で。
蹲ってただ泣くだけじゃ、誰もそれに気づいてはくれないと言うのに。
動かなければ、声は届かないのに。



そんな小さな影の傍に我は近づく。
分かる様にとわざと足音を立ててゆっくりと。
それに気づいて、小さな影が顔を上げる。
あたりをキョロキョロと見回す姿に笑って我は名前を呼んだ。



「此処だよ、比奈伎」




多分あの頃からだった気がする。
そんな面を知ってからか、妙にアレが可愛く見え始めたのは。









小さな手を引いて、山道を歩く。
むすっとした顔で隣を歩く小さな小さな比奈伎。
それに気付いてない振りをして、
我は「もう直ぐ着くからね」と優しく声を掛ける。
そうすると相手は少しホッとした様な顔を浮かべる。

朱音にも、もう直ぐ会えるよ?

笑って言うと、比奈伎は少し照れた顔を隠す様にして俯く。



「今頃は必死になって里を探してる頃だと思うよ」



アレも心配性だからね。
本当に……
この隣の少年といい、里の彼女といい。
傍に居て飽きない者が揃っているね、この里には。
一山越える前に見た、慌ててあっちこっちを
駆け巡る姿を思い出して我は小さく笑う。




「一人で行くと意地を張らずに、我も呼べば良かったのに」
「………しょは…」
「うん?」
「……最初は、一人で出来ると…思ってたんだっ、なのに…」




小さな比奈伎は目に涙をいっぱい溜めて、でもそれでも泣くまいと必死に
自分は一人でも出来るんだと、我に伝えようと言葉を紡ぐ。
でもそれは言葉にならなくて。
小さく零れる嗚咽。
怖かった、と。小さな、とても小さな言葉で呟いたそれに
我は優しく微笑み、頭を撫でる。

一晩も此処に座って一人で泣いて居たのだもの。
それは怖かったろうね。

でもこんな状態で帰ってしまえば、みなに笑われるのがオチ。
だから我は足を止めた。
不思議そうにこちらを見る目に、我はすっと空を指差した。




「ほら、見てご覧」




と言って視線をそちらに向けさせる。
そこには、涙など一瞬で吹き飛ばす程の綺麗な満点の星が空に広がっていた。
それはまるで…空に散りばめられた光り輝く石の様。




「綺麗であろ?」




下ばかり向いて泣いていたら見れなかった光景が上にはある。
我が呟いた言葉に、ほうっと空を暫く見ていた比奈伎が
それに気付いて慌てて涙を拭う。
そんな彼に目を向けて、我は優しく微笑んだ。





「比奈、泣きたくなったら空を見上げると良い」




そうすれば、悲しいことは全て…あの空が吸い込んでくれる。
言われた言葉に相手はじっと黙って我を見ていた。
けれど我は視線に気付かずに、空を見ていた。





「そう。…あんな悲しいことなど全て…あの空の向こうに消えてしまえばいい」





呟いた言葉は小さくて、誰にも聞かれる事はなかったけれど。





「…各務?」
「いや、何でもないよ。
 ……でも、こうしていれば、気持ちは少しは軽くなるであろう?」





次にそう微笑んで言った言葉に相手は少しの沈黙の後、小さく頷いた。
涙の止まった顔を見て我は満足げに頷く。
うん、それで良い。




「さて、それじゃぁ帰ろうか」




差し出した手に小さな手が重なる。
夜が明ける前に帰らないとね、と笑うと小さな比奈伎も笑う。





(…そう、それで良い)





涙で濡れた顔のまま帰るよりは、笑って笑顔で帰る方が良いからね。
手を引いて歩きながらそんな事を思って、我はまた笑った。
不思議そうにこちらを見る瞳が可愛い。




「何でもないよ、さぁ、行こう?」
「うん……あ、各務…っ!」
「うん?」
「きょ……今日、泣いた事…その…」
「あぁ、うん」




一生懸命に言葉を紡ごうとする比奈伎に我はまた笑う。

そうだね。
これは我と比奈伎の二人だけの内緒にしておこうね?

頭を撫でて優しく微笑めば、嬉しそうな顔で小さな比奈伎が頷く。





無邪気な少年が我を信じて疑わない中、実は後のネタとしてとっておこうなどと…
誰が言えただろう。







そして月日は流れ数年後。
それはある事件をきっかけにバラされる事になる。






きっかけは、そう…千波流と彩登が迷った事から。
我が佐久弥にバラした事で、
顔を真っ赤にして余計な事をバラすな!!と怒鳴る比奈伎。
それが昔の無邪気な笑顔を浮かべて我を信じきっていた頃の可愛い比奈と重なる。




(本当に、こういう所だけは昔とちっとも変わらないのだから
 …可笑しいなものだねえ)





クスクス笑ってたらまた我を怒鳴る声が横手から聞こえてくる。
佐久弥がもう少し向こうの方を探してくるよと笑って言って駆けて行った後。
そんな彼を見送って我はちら、と比奈伎の方を見やる。
向こうはまだむっとした顔をして不貞腐れている。




「比奈伎や」
「…何だ?」
「あれから……もう一人で泣いてないかえ?」




その時ふと。
真っ直ぐに真剣な表情で呟いた我の言葉に比奈伎はふいっとそっぽを向いて言う。
とても、とても小さな声で。
泣いてないと。




「本当に?」
「……」




その後軽く咳払いして呟いた、我にしか聞こえないくらいの小さな言葉。
それに嬉しくなって我は微笑んだ。





『そういう時は…昔の、お前の言葉が役に立ってるから』





嬉しくてつい、昔の様に頭を撫でてしまう。
ありがとう。
囁いた言葉に照れくさそうな顔をして横を向く比奈伎。
それに我はくすくすと笑う。





「また迷ったら、我が探しにいってあげるからね?比奈?」
「探しに来んでいい!!」
「…ほう?そんな事いって……
 結局誰にも見つけて貰えなくて、後で泣いても知らないよ?」
「うっ…」





(でも、もしそうなったら…その時はまた二人で夜空でも見上げたいね、比奈?)




言葉に詰まって困っている顔を見て笑いながら、
我はそんな小さな言葉を心の奥で呟いた。











終。



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