+夢神楽+






(※由良さまからいただいた物を僭越ながら加筆修正させていただきました。
  なお、『鬼神楽』本編の設定とは異なります)










―――夢を見た。 それは、緋色の。 そう…『夢』を。 『 夢神楽 』
「…み。…かがみ」 …逃げなければ。そう思うのに、体が――― 「各務」 「あ…」 「大丈夫?」 目の前には、白き存在。 その優しい声音に、身体の力が抜ける。 ああ…佐久弥、だ。 我は、ほうっと大きく息をつき、身を起こした。 まだ外は暗い。 冷たい空気が肺を満たし、人心地つく。 ようやく、自分が全身冷たい汗をかいていた事に気づいた。 そっとそれをぬぐいつつ、再び息をつく。 「具合でも悪いんですか?」 そっと睦月が気遣うように、小さく声をかけてきた。 「ここ数日、野営が続いてるから疲れが溜まったんじゃない?  今日の高見、僕が代わるから各務は休んでなよ」 夜紫乃の申し出に、そうした方が良い、と伊織も頷く。 「あ、いや大丈夫、―――夢を…」 「夢? どんな?」 「緋色の…」 心配そうに覗き込むのは小さな彩登と瀬比呂。 二人の不安そうな眼差しに、自分の不甲斐なさを悟る。 知らず口元に笑みが浮かんだ。 いらぬ心配をかけてしまったようだ。 「…いや、忘れてしまったようだ」 「そう?」 「各務、大丈夫?」 「ああ、ごめんねえ、心配かけたようだね」 「おい、水汲んできたぞ。各務、ここは良いから少し休めよ」 「寿々加、すまぬな」 「各務の具合が悪いって?」 「お頭」 「さっき、斥候の羽霧、珠菜から報告が来た。敵は逃走意思を見せ始めている。  もう少し我慢してくれ」 「ああ」 我が頷くと、お頭はほっと微笑み、その微笑を見て 周りのものもようやく安堵した表情を見せる。 いつもと変わらない。 我の大切な一族の者たち。 …そうだ。 あんな事は夢なのだ。 ただの、夢――― ―――目覚めると部屋の周り、外の景色全てが赤で染まっていた。 我は体を起こして何事だとあたりを素早く見やった。 やがて時をおかず、どたどたと走り回る音が廊下に聞こえる。 「敵襲だっ」 叫ぶ千波流の声に我は部屋を出て襖を開けた。 周りはやはり赤で染まっていた。 炎と言う赤、それは全てをその勢いで燃え尽くす。 花も木も、空も大地も。 それから逃げるようにしているのは我の良く知る者たち。 彼らを先導するのは千波流と佐久弥だ。 伊織や夜紫乃が、彩登と瀬比呂を連れてこちらに走ってくるのが見える。 ちょこちょこと後ろからは睦月の姿も。 やがて暫くして全員が揃うものの、二人足りない。 炎が燃え盛る中で比奈伎と亜夏刃の姿が見当たらないのだ。 そして一番守るべき人でもある、お頭の姿も。 きっとまだ残っているのだと思い我は他の者に先に逃げるように言う。 「里から少し離れた場所へ、我も後から残りの者と行く」 それに誰もが残ると言って聞かなかったけれど… 我はそれでも一人で行くと言って一歩歩みを進めた。 お頭や比奈伎、亜夏刃はもう既に外に出ているかもしれない。 お前たちが先に行ってそれを見てきておくれ。 そう言って駆け出す。 「駄目だ各務、私も行くよ」 いつになく顔色をなくした佐久弥に、我は少し微笑んで見せた。 「…佐久弥。我なら大丈夫え。お前は、みなを先導しておくれ」 「各務!」 「皆で焼け死にに行ってどうする! …千波流だけでは負担も大きい、  お前がついていてくれればみなも安心するはずだえ」 渋々、という様子で、こちらを振り向き振り向き、 やがて、思い切ったようにみなの下へ佐久弥は走り出した。 その背を見送って我は会合の館へ向かう。 お頭は恐らく未だいるのなら館の方だろう。 そう思って向かった館には、既に数名の敵が周りを囲んでいた。 だから我は裏から侵入を試みる。 無駄な戦闘は避けたい。 まだお頭も比奈伎も亜夏刃も見つけておらぬのだから。 気配を消して中へと入り込む。 敵はまだ我の存在には気づいておらぬ様だ。 館の中を歩く。 まだ此処には火が回ってないようだ。 その中で刀と刀がぶつかり合う様な大きな音が奥で聞こえた。 我はそこへと足早に向かう。 この先にいるとしたらそれはきっと…お頭だ。 気配を消したまま、出来うる限りの速さをもって会合の間へ飛び込み、 だんっと開けた襖の先には予想通り、お頭の姿があった。 その右肩には血が滲んでいた。 それでも決して弱さを見せない強い瞳で相手を睨んでいる。 片手で相手の刀を自分の刀で受け止めて、 唇を噛み締めて今出せる精一杯の力で敵を薙ぎ払う。 相手がよろめくが背後に居たもう一人が再びお頭に向かってくる。 彼女は刀を構えるも、肩に走った痛みに刀を落とす。 賊は大きく刃を振りかざした。 「お頭!!」 我はその間に割って入って、お頭を庇う様にして背を向けて体でその刀を受ける。 焼け付くような熱さが左肩に走るが、こんなものは痛みのうちに入らない。 一瞬驚いた様な顔でお頭が我を見る。 我はそれに微笑み返し、賊の方へとゆらりと振り返った。 その場に居た狐の面を被った二人が、じり、と一歩…二歩と後退する。 ぱさり、と音を立てて、まとめていた髪がくずれる。 お前達…誰に向かって刃を向けている? 真っ直ぐに相手を見据えた時、世界が白く染まった。 「これ以上、我がお頭には指一本足りとも触れさせぬ!」 袖を大きく振るえば、腕に仕込まれた銀線が鋭く波打ち、 外から漏れる赤々とした炎に照らされてきらりと鈍い光を弾いた。 賊は、左右に大きく跳んでそれをかわすが、それを先読みし 銀線を仕込んだ右腕を大きく引いた。 その動きに合わせて、細い糸がまるで生きているかのように 大きく動きを変え、その者の頭部めがけて走る。 その銀の光は賊の面を掠め、更に速さを増して 再びその頭部を攻める。 「―――退け」 狐の面の向こう側で、一人が小さく呟いた声が聞こえた。 その声を合図に、二人の賊は躊躇いを全く見せずに後退する。 「逃がさぬ!」 我は更に仕込んだ飛礫を賊目掛けて放ち、それは その二人の面の紐を打ち切った。 賊が小さく舌打ちするのを感じたが、面はそのまま捨て置かれ、 二人の賊は素早く気配を消してしまった。 からん、と音を立てて零れ落ちた二つの面を拾う。 きっとまだ敵はどこかに居るだろう。 早く、逃げなくては… 我は敵から奪った狐の面を懐に、お頭の傍へと近づく。 「お頭、我が背負う。ひとまずは逃げよう」 比奈伎や亜夏刃はきっと先に逃げているのだ。 そう信じよう。 そしてお頭を背負い、我は歩き出す。 いつ来るか分からない敵の存在に視線をめぐらせながら。 「…各務」 「うん?」 「…ごめんな」 廊下を歩く音だけが静かに響く中で、お頭は苦笑交じりにそう言った。 傷、痛むだろう? 心配する声に我は微笑んだ。 何を仰るか。 我がお頭を守るのは当然の事。 傷など大したことではないよ。心配するでない。 それから数分は静かだった。 とても…敵が攻め入ったとは思えないほどに。 そこへバタバタと走ってくる音がする。 我はそれに気づいて、お頭を背負ったまま襖の陰へと隠れる。 やがて足音はこちらに近づいてくる。 聞こえてくるのは二人の男の声。 どうやら此処に攻め入ったのは【東風】という一族らしい。 そして里からは既に逃げ道がないという事。 この館は表も裏も完全に塞がれた事が彼らの会話の間で交わされていた。 …ふと、我は気づいた。 いや、こんな事は気づかぬ方が良かったのかもしれない。 だがもう、これしか手立てはないのではないか。 何よりも。 我はふと視線を上げた。優しい闇色の視線が、総て承知したように 静かに頷きを返す。 何よりも。 我のお頭を守るためには、もう、これしか…手がない。 例え先に逃げた仲間になんと言われようとも。 お頭を死なせるわけにはいかないのだから。 我は強く決意し、懐にあった狐の面の一つを被る。 そして彼らの前にすっとその姿を現した。 内心ひどく緊張していたが、何とかそれを隠し通す事に成功する。 彼らは身構えたが、我が狐の面を被っているのを見るとすっと構えを解く。 「なんだ、一瞬敵かと思ったよ」 気配なんて消して出てくるんだもの。 そう言って笑う相手もやはり、狐の面を被っていた。 その姿は何処か、…我の知る誰かを連想させる。 似ている、けれど何処か違う。 だが目の前の相手はそれに気づかず、我を誰かと勘違いした様だった。 どうやらこれからこの館で東風の頭領による会合が開かれるらしい。 「ま、僕は面倒だから行かないけど」 行きたければ勝手にいけばいい。 吐き捨てる様に言った後、彼はその場を去って行った。 隣に居た人物も同様にこちらを見ていたが、暫くじっと見た後くるりと背を向け 先ほどの彼と同じ様に去っていく。 一か八か、我はその会合に、東風の仲間として潜り込む事を決めた。 …お頭は。 お頭は、降伏をしたのだ。 命を救われる代わりに、東風に忠誠を誓うと、そう約束を交わして。 我の一存で、無理矢理そうさせた。 お頭の眼差しには迷いもあったが、それでもお頭が死ぬよりはずっと良い。 何としてもお頭の命は救わなければならない。 そのためなら… そのためならば、我はどんな汚名をも被る事が出来る。 会合は、思った以上に和やかな雰囲気で行われていた。 何とか、人質となったお頭の様子を探る事が出来れば、と思い 潜り込んだが、それは杞憂に終わった。 お頭は、身体を拘束される事もなく、交渉の相手として、 丁寧に扱われていた。 ひとまず、お頭の無事な姿に周りに気づかれないようにそっと息をつく。 …だが、里を襲った連中はどうやら東風一族で間違いないようだ。 今遠目からこの会合を見守っているが、 奥では近衛と名乗る頭領が語っているのが見える。 けれどやはり、アレも何処か我の知る者に雰囲気が似ている気がしないでもない。 膝元に横になっているお頭は、周りのものとやけに楽しそうに会話をしている。 それを見て微笑んだ後、我は辺りを見回した。 (…しかし驚いたな) 近衛の近くにいるあれは間違いなく比奈伎だ。 面をつけていようとも、長く傍にいたのだからわかる。 我の直ぐ傍には我と同様に面をつけた亜夏刃の姿がある。 二人とも何故此処にいるのだろう。 いや、しかし、周りのものも我の知るものに良く気配が似ている。 ただの、空似なのかも知れぬ…。 そんな事を考えつつ会合に耳を傾けながら、それに気づいているのかお頭が笑う。 あいつ等も来てたんだなと。 そんなお頭を心配して周りのものが会合最中だというにも関わらず声を掛ける。 それに嬉しそうに彼女は笑う。 私が敵でなければ、彼らはこんなにも優しいのだなと小さな声で言って。 そんなお頭に呑気なものだと我は笑う。 今はその様に笑っていられる状況ではないというのに。 もしかしたら。 我の気づかぬうちに、比奈伎も亜夏刃も、東風に潜入し 探ろうとしていたのではないか? だから、先から姿が見えなかったのだ。 それならば。 「…これで終るわけには行かない」 早々に皆と合流して反撃だ。 膝元でそれでも弱さを見せないお頭。 東風の連中が、我を疑わず、お頭を丁重に扱い、 しかも比奈伎や亜夏刃までもがこちらにいてくれるのならば。 我らの里を焼き払った相応の報いを、受けさせてやれる。 強くそう思い、真っ直ぐにこちらを見つめるその姿に我は頷いた。 会合が終わるや否や、近衛という頭領の傍に控えていた比奈伎と、 我のそばにいた亜夏刃が、素早く我のそばに寄る。 そして、そのまま廊下へと導かれた。 周りには消して聞こえない小さな声で、比奈伎、と呼ぶと、 彼は小さく頷いた。 「…何故来たんだ、各務!」 「来たくて来たわけではないよ、お頭を…無事に生かすためだ」 「そんな事はわかっている」 亜夏刃は素早く辺りを見回すと、会合の間から少し離れた小さな 部屋に我らを導く。 その部屋の半ばまで進むと、比奈伎はゆっくりこちらを振り向き、 亜夏刃は、後ろを気にするように戸の前に残る。 「早くお頭を救出し、東風を討つ手はずを整えねば」 勢い込んで言う我に、比奈伎は、ゆっくりと視線を向けた。 「…何のことだ?」 「東風に潜入したのは、内から東風を討つためなのであろ?」 「内から、東風を、ね」 言うが早いか、比奈伎は我がつけていた狐の面に手を伸ばし それをむしり取った。 そして、少し笑う。 優しい、優しい微笑だった。 「まあ、まず間違いないとは思ってたけどな。やはりお前か、各務。  あの女はお前ほどの覇気を持っていないからな、すぐにばれる」 「…比奈伎?」 「亜夏刃、襖を閉めろ」 「ああ」 すとん、と、襖の閉まる音が、やけに大きく耳に聞こえる。 「…違う、のか―――?」 知らず、声音が震えた。 それに気づいたのだろう、比奈伎は、くく、と喉で笑う。 「危なかったな、亜夏刃…いや、左京。懐に暗器が一つ、紛れ込んでいたぞ」 「そのようだな」 左京、と呼ばれ、亜夏刃が冷たく頷く。 「お前、たちは…」 口の端をわずかに引き上げる、皮肉な微笑み。 いつものそれとは全く違う、冷たい表情だけれど。 …けれど、その顔は。 「逆だよ」 「逆?」 「東風を討つために潜り込んでるんじゃない。  俺たちは元々、東風の人間なんだからな」 「なん、だと!?」 「鬼火の里に火を放ったのは、俺だよ」 「!!」 「潜入しようなんて思わなければ、もう少しは長生き出来たかもしれないのにな」 「…比奈伎…!?」 喉の奥で唸った我に向かい、比奈伎…否、東風の男は不機嫌そうに眉根を寄せる。 「ここでは、『卓麻』だ。うかつにその名で呼ばれては困る」 「…お頭をどうするつもりだ!?」 「それは、お前のあずかり知る所じゃない」 「しかし…っ」 「くどいぞ」 「比奈伎!! お頭は、お前の…!!」 「各務」 目の前に立ちはだかる男の、冷たい殺気が我の身体を貫くのを感じた。 「その名は呼ぶなと、言った」 …ああ… ゆらりと、背後に立つ長身の男は変わらず気配は静かだが、 明らかなその実力の違いに、知らず手足に震えが走る。 目の前の闇色の瞳が…我の、一番守りたい人に良く似た 静かな瞳が、鈍い光を放った。 と同時に、その右手に握られた細い刃がわずかな光を集めて存在を主張する。 そして。 緋色に。 緋色に、世界が染まる。
―――ああ。 これは、夢だ。 こんな事は―――だれか 誰か、『夢だよ』と。 この悪夢から、我を起こしておくれ―――


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